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RYULOG

龍太郎の雑記ブログ

なぜ多くのブロガーは自分のブログ論を記事にしてしまうのか。

雑記 ブログ

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やあ。

 

最近ちょっとイカれた記事を書きすぎて、読者の人から

 

 

「お前そろそろHamapediaとか滑り倒してることに気づこ?」

 

「Amazon欲しいものリスト買いて冷蔵庫に貼るとかいい大人が恥ずかしくねぇのかよ。

ゴロリでも鼻くそほじりながら笑うレベル。

 

「ちょいちょい記事下にナチュラルに挿入してる"あわせて揉みたい"とか誰もつっこみ入れてねぇじゃん。氏ねよ。」

 

などと言われそうなので、たまにはブロガーらしい記事を書こうかなと思ってる。

 

 

ということで、今日はオピニオン記事でオピついていこう。

 

 

 

最近人のブログを読む機会が増え、色々な気づきに遭遇することが多くなった。

 

その中でも特に気になったのが

 

ブロガーの人たちってなぜか自分のブログ論を記事にする人がめちゃくちゃ多い

 

ということ。

 

ま、かくいう僕も書きまくってるんだけどね。

 

 

でも、とても興味深いとは思わないかい?

 

だって、コンテンツを発信するための発信媒体そのものについて記事にしているんだから。

 

これは月間100万PVクラスのブロガーから100PVクラスのブロガーまで、みんな関係なく書いていると思う。

 

 

これは一体なぜなのだろう。

 

 

今回はなぜブロガーたちはブログ論を記事にしてしまうのか、その謎について究明していこう。

 

 

ブログ論とは

 

そもそも僕が冒頭で述べた

 

ブログ論

 

とは、具体的にどういった記事を指しているのかというと、

 

・自分のブログが今月どれくらいのアクセスを稼いだのか

 

・なぜこの日が他の日に比べ急激にアクセスが伸びたのか

 

・どういう風に広告を設置しマネタイズしてるのか

 

とか、こういうやつ。

 

 

で、こういう記事って本来はどうでもいいことだよね。

 

ブログはオリジナルのコンテンツを発信するためのツールなんだから。

 

言い換えたら、写真家が風景とか人物の写真を撮るのではなく、カメラそのものの写真を撮りまくっているのと同じ状態。

 

どうでもいいと言ってしまうと語弊があるかもしれないけど、Googleから評価されうる記事ってあくまでもオリジナルの文章なのだから、ある意味トップオブトップのブロガーのブログ論だけが存在すればいいはずでしょ。

 

でも現実には数多のブロガーがブログ論の記事にしている。

 

 

で、媒体そのものについて論じる人が多いのって他のメディアやSNSとかと比較してもきっとブログ独自の現象だと思うんだよ。

 

他のメディア・SNS

 

なぜ他の情報媒体には見られないような、媒体そのものについて論じるという傾向がブログにはあるのだろうか。

 

これを知るには、他の情報発信媒体、メディアやSNSとの特異性について触れる必要がある。

 

そこで、テレビとTwitterを用いて説明しよう。

 

テレビとブログ

 

テレビは、視聴率の稼ぎ方とか、この時間帯のこの番組の広告の枠はいくらぐらい広告出すのにお金がかかるか、とかそういう放送はしないと思うんだ。

 

それは、テレビの場合は広告主、広告代理店、芸能事務所、多くの大人たちの利害が複雑に絡み合っているため、そんな放送はなかなか出来ない。

 

また、仮に視聴率の稼ぎ方とかを放送し、個人が知り得たとしても、テレビ業界は個人が「じゃあ参入しよう」と思って容易に参入できるものでもないしね。

 

 

そんなテレビに対してブログは自由な言論空間。

 

守るべきことといえば、Googleの規約であったり、ASP個々の規約であったりとかそんなもんでしょ。

 

息苦しさを感じるほどの制約はおそらくないんじゃないだろうか。

 

で、テレビと異なりブログの場合は個人が簡単にインターネットに接続して参入することが可能だ。

 

だから、ブログの収入である程度の成功を収めることは比較的容易なため、自分にも実現可能性があると思い、みんなブログ論記事は見てしまうのだ。

 

Twitterとブログ

 

Twitterでフォロワーの増やし方とかリツイートしてもらうにはどうしたらいいとかをつぶやく人って、もちろん中にはいるけど、別にみんながみんなやってるわけじゃないと思うんだ。

 

本来ならTwitterでこういう呟きをしている人がもっと大量にいてもおかしくはないはずだ。

 

恐らくこれは、Twitterというのは利益を生む他の媒体へ誘導するためのツールに過ぎず、Twitter内でビジネスが完結し得ないから、ということが関係してるんじゃないかなと思ってる。

 

もちろんTwitter内で完結するお金を稼ぐ方法は僕が知らないだけであるのかもしれないけど、ブログの広告ほど世間には認知されていなことに鑑みれば、誰もが参入して成功が収められるレベルのものではないだろう。

 

だから、もしTwitterの呟き一つ一つに広告がペタペタ貼れるような、誰でも容易に参入できる仕組みがあったら、ブログのようにTwitterのノウハウ的なことをつぶやく人がもっと大量に溢れかえってたかもしれない。

 

そのツイートには需要が生まれるのだから。

 

ブログ論を書いてしまう理由

 

なんでブロガーはブログ論を記事にしてしまうのだろうか。

 

なぜ多くのブログのカテゴリーには「雑記」とか「ファッション」とか「グルメ」等と同じように平然と「ブログ」というカテゴリーが並列されているのだろうか。

 

それは、上記のテレビ・Twitterの事例で述べた、「ブログにはブログ論の記事の需要があるから」というのが一つあると思われる。

 

 

で、僕はもう一つ、ブログ論が多く書かれるさらに重要な理由があると考えている。

 

 

それは、ブログというものは

 

多くの成功体験を積み重ねられる媒体であるから

 

という側面もあるのではないだろうか。

 

具体的に説明しよう。

 

ブログと成長

 

人間って自分の成長を、目に見える形で実感できることってあんまりないじゃん。

 

特に、大人になるにつれて誰かに褒められる機会ってだんだん減っていくと思うんだ。

 

で、社会人になると、例えば仕事の要領がよくなったとか仕事のスピードが上がったとかコミュニケーション力が上がったとか、そういう成長を実感するタイミングってあると思うんだけど、なんかどれもモヤっとしてると思うんだよ。

 

別にゲームのキャラクターの攻撃力とか防御力とかみたいに、仕事の能力に数値はついていないだろう?

 

だから、こういう人間の能力に採点をつけるのって自分にはなかなかできなくて、第三者の客観的な判断が必要になるんだよね。

 

だって自分では「仕事の要領がよくなった」と思ってても、そんなのは単なる思い込みで、周りから見れば「いやキミ全然要領悪いよ」みたいに思われている、なんて話はよくあることだと思うんだ。

 

でもブログの場合は違って、自分の成長を容易にジャッジすることが出来る。

 

なぜなら、PVという、金額という、なにものでもない数字がまざまざとブロガーに突き付けられるからだ。

 

逆に言えば、アクセスという数字の前に、自分も他人も、その数字以外の余計な評価を下すことが出来ない。

 

もちろんアクセスが停滞すればその分言い逃れの出来ないジャッジが突き付けられるが、ブログの場合は書き続ければ、努力を継続すれば、伸び幅の大小はあれ、基本的には成長出来るような仕組みになっている。

 

それゆえ、ブログを書いていると自分の成長を実感する機会が非常に多いのだ。

 

成長すると誰かに話したくなる 

 

人間ってさ、自分の成長を実感できると嬉しいじゃん。

 

自分の成長って何物にも代えられない幸福感が味わえると思うんだ。

 

そして。

 

人間って、多分自分の成功体験は誰かに話したくなる生き物なんだよ。

 

その成功が100PVだろうが100万PVだろうが本人にとっては関係なくて、昨日の自分よりも今日の自分がちょっとでも成長できていたのならそれは本人にとって幸福なことで、それを誰かに話したくなると思うんだよ。

 

別にそれはブログに限らず仕事で給料が上がったとか出世したとかでも同じだと思うんだ。誰かに話して酒でも飲んで祝福してもらいたいはずなんだ。

 

だから、アクセスという、収益という、ちょっとした自分の成長に何度も何度も遭遇できるブログというものに、ブロガーは自分の成功の軌跡を書いてしまうんだろうね。

 

なぜブロガーは自分のブログにブログ論の記事を書いてしまうのか。

 

その理由は、記事自体に需要があるだけでなく、自分自身の成功体験に遭遇する機会が多いからではないかと僕は考えている。

 

ブログ論記事の賛否

 

ただ、ブログ論の記事に関しては賛否があるんじゃないかな。

 

たまにアクセス報告の記事につくはてなブックマークのコメント欄に

 

「どうでもいい情報をネットにまき散らすんじゃねぇよ」

 

的な辛辣なコメントがついたりする。 

 

分からなくはないけど、実際みんなそのブログを書いている人がどれだけのアクセスを稼いでいてどれだけの収益を上げているのかってやっぱり興味ある人が多いんだよね。

 

辛辣なコメントをつけている人だってわざわざその記事を開いちゃっているわけだし。

 

 

僕は、純粋にブログ論の記事って面白いと思う。

 

ミュージックビデオとか映画のDVDとかに、メイキング映像とか舞台裏の映像とか出演者のインタビューってあったりするじゃん。

 

ブロガーのブログ論記事ってあれに似てると思うんだよね。

 

ドラマでも、本編だけ見ればめちゃくちゃかっこいいシーンなのに、舞台裏は何度も何度もNG出したりしてて、想像以上に泥臭い苦労の末に作られてることが分かる。

 

僕は、プリズンブレイクのティーバッグが、本編ではゴリゴリのクソ野郎なのに出演者インタビューで、めちゃくちゃいい人っぽい受け答えをしてて、これはこれですげぇ面白いと思った。

 

ティーバッグ役の俳優の役作りすげぇなって思ってネットでWikipedia調べたりもした。

 

こういう風に、作品がつくられた背景とか舞台裏とかを見るのって、その作品をまた別の視点で楽しめるっていう面白さがあるよね。

 

こういう苦労があって作られた作品なんだなっていう。

 

そういう、ある意味人間臭い部分が見れるからこそ、ブログで記事にされる、アクセスを伸ばす為の試行錯誤とか努力とかが垣間見れるブログ論記事、僕は好きだな。

 

 

以上だ。